アナログスイッチを使用した発振回路です。実験の結果、アナログスイッチによるセラミック/水晶発振が可能であることが確認できました。(SSB検波用に発振回路とMIX回路をアナログスイッチIC1個でできないかと考えたのが発端です。)
通常のインバータICを使用した発振回路例を図1−1(a)に示します。 同図(b)はアナログスイッチを使用した回路例であり、図1−1(a)の回路と論理的に等価となっています。
図1−1 発振回路 |
R2はアナログスイッチOFF時、出力’H’確定のためのプルアップ抵抗です。 制御入力PIN(IC1DPIN)’H’の時アナログスイッチがONとなり、アナログ入力PIN(IC1BPIN)の’L’はスイッチを通して’L’出力(IC1CPIN)されます。つまり、(制御)入力’H’で出力’L’となります。 制御入力PIN’L’(IC1DPIN)の時アナログスイッチはOFFとなります。この時、出力(IC1CPIN)は抵抗R2により’H’となります。つまり、(制御)入力’L’で出力’H’となります。 以上により、図1-1(b)は、同図(a)のインバータによる発振回路と論理上同等の回路となります。 |
右図の回路により発振の確認を行いました。C,R定数はR3およびR4を除き、「定本 発振回路の設計と応用」を参考にし、カットアンドトライで決めています。
結果、下表の通り、公称周波数付近で安定に発振することを確認しました。+2.5V以下では発振停止します。
この他、波形の確認および電源ON/OFF試験を行いましたが、波形の崩れや異常発振等の発生はありませんでした。
表2−1 電源変動(HC4066)
(R2=5.1k、R3=1k)項目 電源変動 +5.5V +5V +2.5V 発振
周波数455.028kHz 455.024kHz 454.934kHz
図2-1 発振調査回路(HC4066)
今回の図2−1の調査回路には、発振回路の出力にバッファとしてアナログスイッチの空きスイッチを使用しています。このバッファ出力「OUT」における波形を観測すると、立ち上がりが他のCMOSロジックICの場合に比べて異常な程鈍いことに気が付きました。プローブや周波数測定のための同軸ケーブル等の負荷容量が影響しています。当初R4=10kでしたが、これを1kにするとかなり立ち上がりが改善します。R4=10kΩおよびR4=1kΩの測定波形を下図に示します。何れも、負荷容量は実測時に使用した75Ω同軸ケーブル約1.5mの静電容量と同程度の100pFとしました。
図3-1 「OUT」出力波形(HC4066)
V:1V/div H:0.2V/div
(a) R4=10kΩ、C=100pF
V:1V/div H:0.2V/div
(b) R4=1kΩ、C=100pF
原因を調べてみました。負荷容量やR4の大小で波形が変わることから出力回路の違いによるものと考え、等価回路を描いてみました。下図に等価回路を示します。比較のために同図(a)にC−MOSインバータHC04を載せています。図中、小さな枠で囲った部分はスイッチで実際はFETです。特に、HC04のPおよびNは、それぞれ、PおよびNチャネルMOS FETでコンプリメンタリー出力となっています。(C-MOSのCはComplementaryのCです。)図ではこの2つのFETのON抵抗を省略しています。
図3-2 等価回路
図3-2(a)HC04は入力A点をR1でプルアップしていますので、出力は”L"となり、A点をグランドへ落とすと出力はスイッチPを通して”H"となります。”L"から”H"への切り替わりはP,Nのスイッチング速度に依存し、高速に切り替わります。この時のY点の立ち上がり特性は外部のCとP MOS FETのON抵抗による時定数で決まりますが、ON抵抗は非常に小さな値であるため高速に立ち上がります。
一方、同図(b)HC4066は、入力Eが”H"で内部スイッチがONとなり、アナログ入力Yが”L"のため出力Zは”L"となります。(ON抵抗とR2による電流により、多少グランドレベルより上がります。)Eをグランドへ落とすと内部スイッチはオフとなり、出力Zは”L"から”H"へ立ち上がろうとしますが、Cが存在することにより、充電しながら立ち上がります。その時間はR2とCの時定数によって決まります。R2が小さい程時定数は小となり立ち上がりが早くなります。
波形の鈍り具合いを計算値と実測値で一致するか確認してみます。図(b)の回路の出力電圧は
eout=V・(1-e-t/CR2)
R2=10kΩ、C=100pF、V=5V、t=1.11μs(実測値。図3-1(a)参照。)
eout=V・(1-e-t/CR2)=3.4[V]
図3-1(a)では約3.2Vですが、ほぼ一致しているとみて良いと思います。5Vまで立ち上がっていないことが分かります。
次に、R2=1kΩ、C=100pF、V=5Vとして、90%立ち上がり点の時間t’は
t’=-C・R2・ln(1-eout/V)=230ns
実測値は約248μs(図3-2(b)参照。)ですが、ほぼ一致しているとみて良いと思います。
以上から原因は、アナログスイッチ出力回路のプルアップ抵抗が大き過ぎるためであることが確認できました。
上の結果から、波形の立ち上がり改善のために、プルアップ抵抗R4は1kΩを使用することにしました。
R4=1kΩ
上述の調査中、アナログスイッチ出力確定用に設けたプルアップ抵抗R3と異常発振防止用抵抗R2の値が発振周波数に影響していることが分かりましたので、影響具合を調査しました。
下表にR3=1kΩ、9kΩ及び17kΩの時の発振状態を示します。表中のR3=17kΩ以上では100Hz代の周波数が変動し、セラミック発振モードから外れている様ですので測定していません。又、「出力波形」写真上段は、「OUT」における波形、下段はIC1のPIN2をオシロで測定した波形です。下段の波形はオシロのプローブ接続による10pFの影響が多少ありますが、無視しています。
表4-1 プルアップ抵抗R3と発振状態(HC4066)
(R2=5.1kΩ固定)
項目発振回路出力確定用プルアップ抵抗R3 1kΩ 9kΩ 17kΩ 発振
周波数455.024kHz 454.891kHz 454.822kHz 出力
波形
出力波形を見ると、R3が1kΩに近い程矩形波に近づき、R3が大きい程立ち上がり波形が鈍ると共にピークレベルが下がります。セラミック発振モードから外れるのはこのハイレベルがスレッショールドレベル付近に来るためです。
下図にR3対出力周波数特性を示します。R3=7kΩ辺りまで急峻な変化を示しています。R3=1kΩから大きい程周波数変化は小さくなりますが、上表の通り、大きい程波形の鈍りが大きくなります。
図4-1 R3 対 発振周波数(HC4066)
ここまでの実験で得られた情報より、R3を決定するための検討を行います。
出力波形を見ると、R3は1kΩへ近い程鈍りが少なく、また、電源ON,OFFによる起動動作を観測すると、感覚的にはR3が1kΩに近い程しっかりとしているように感じました。これらの理由から、R3=1kΩとしたいところです。
しかし、R3=1kΩにおける周波数変化が最も大きいことが分かりましたので、1kΩの時の抵抗値変動による発振周波数への影響について検討しました。
抵抗値の変化は経年変化と温度変動がありますが、ここではもっとも変動が大きい温度変動による影響を調べることにします。
R3=1k、温度変動20℃の時の発振周波数の変動率を実測値を元に計算してみます。
図4−1のデータより、R3=1kから3kまでの2kΩの増加に対して周波数変動は(455.009kHz−454.940kHz)=3.45kHzなので、1Ω当たりの周波数変動は
1Ω当たりの周波数変動=(455.009kHz−454.940kHz)/2kΩ=3.45×10-2[Hz/Ω]
R3の温度係数を±200ppm/℃とすると、
温度変動20℃時のR3(=1kΩ)の変動分=1kΩ×200ppm/℃×20℃=4[Ω]
この4Ω変動に対する周波数変動は
周波数変動=(1Ω当たりの周波数変動)×(温度変動20℃時のR3(=1kΩ)の変動分)
=3.45×10-2Hz/Ω×4Ω=0.138[Hz]
以上、20℃の温度変動に対して0.2Hz以下の周波数変動ということが分かりました。(思った程の大きな値ではなく、多少拍子抜けしました。)
この結果により、影響は無視できる値と判断し、R3は1kΩを使用することとします。
R3=1kΩ
(抵抗値の変化による発振周波数の変化は発振周波数の変動要因の一つとなるため良いことではありませんが、逆の発想から、コンデンサの値を変更すること無く、抵抗R3の値を変えることで発振周波数をある程度調整することができるメリットと考える事もできます。例えば、上表の実測データによれば、R3を1kΩから2kΩへ変えることで約30Hz下げることができます。)
ここでは、R2の発振周波数への影響について測定した結果を下図に示します。
図5-1 異常発振防止用抵抗R2対発振周波数(HC4066)
図のR3=1kΩのカーブのR2=1kΩは異常発振のため記載していません。これは、発振周波数が456kHz付近を超えて不安定になったためと思われます。
2つのカーブが図4-1から得られる値と一致するか調べてみます。例えば、図5-1のR2=5kΩ付近の2つのカーブ差が約150Hzあります。一方、図4-1はR2=5.1kΩの時のR3変化時のカーブですからR3=1kΩから9.1kΩ変化時の周波数差を見ると約150Hzであり、図5-1から得られる約150Hzとほぼ一致していることが分かります。
図5-1のカーブは図4-1のR3と同様、R2=1kΩに近づく程変化が大きいですが、例えばR3=9.1kのカーブにおけるR2=1kΩの周波数変動は先のR3の値から高々2倍程度ですので問題はなく、5.1kΩとすると更に安定することが分かります。
以上により、R2の値はこれまでの実験で使用してきた値の5.1kΩを使用することとします。
R2=5.1kΩ
(R2は「定本 発振回路の設計とその応用」(CQ出版)に計算式が示されています。図2−1の回路定数で計算すると同程度の値(0.7倍程度)となります。)
これまでのセラミック発振回路についての調査結果を基に、水晶発振子による発振回路(R3=R2=1kΩ、C1=C2=30pF)を組み、問題なく発振することを確認しました。R2はショートでも異常発振することはありませんでしたが、安全のため1kΩとしています。
又、確認のため4066へ差し替えてみましたが、2MHz付近において異常発振しました。R2の値をショート、5.1kΩと変えても、ICを交換しても同じでした。データシート上ではMaximum Control InputがVDD=5Vで6MHz(TYP)ですが、その他のAC特性による影響(デバイスの遅延等)が大きいのかもしれません。
セラミック発振子(4.55kHz)及び水晶発振子(4.33MHz)による回路例を下図に示します。
図7-1 455kHzセラミック発振回路
図7-2 4.33MHz水晶発振回路(HC4066)
図7-2の4MHz前後の発振回路は、ダブルスーパのSSB復調用局部発振に使用する予定です。
アナログスッチを使用したセラミック/水晶発振子による発振回路について紹介しました。
上述の455kHzセラミック発振回路をSSB復調の局発として使用する場合には、発振周波数を±1.5kHz程度変更する必要があります。この調査については「4066局発回路」を参照下さい。